哲 学 的 遊 び    
 
 当夜のプログラムは、ギター音楽史上のいくつかの重要なトピックを取り上げ、ギター音楽の歴史を再構成するものです。しかし、それは、歴史的な再構成ではなく、もろもろの影響の受容と授与を象徴的に表現することによって構成されたものです。
 プログラムは全体で6つのセクション(仮にTUVWXYとする)からなっています。この6つのセクションによって切り取られた歴史空間が、モーツァルトが一番最後にあって、最初のソルにもどるような、あたかも閉じられた空間のように見えるのは、私の実験的意図を明示するためです。そこでは、今宵のコンサートという実験室の内部を表現しています。
しかし、実際には人類の歴史に対して開かれていなければなりません。
 各セクションには、それぞれ、3曲(a b c のジャンル)ずつの曲数が割り当てられています。前半の四つのセクションはギタリストの音楽。後半の二つのセクションでは主に専門の作曲家の音楽を取り上げ、まず、ギタリストに触発された作曲家の音楽ではありますが、セゴヴィアのサークルとはまた別の発展のあったイギリスのギター音楽。次に私自身の主要テーマでもある音楽史上の大作曲家の音楽として、モーツァルトの音楽を取り上げました。しかし、重要な登場人物はもう一人いて、それは、プログラムからすぐに分かる通りようにベートーヴェンその人です。
  各セクションを構成する曲目は、必ずしも一律に同じでは有りませんが
   a 編曲     当プログラム中の他の作曲家の作品からの編曲 (影響の受容
   b オリジナル 純粋に個性的なオリジナル作品            (独自性)
   c 変奏曲   当プログラム中の他の作曲家の主題による変奏曲影響の授与
となるように心がけました。

  これは哲学好きの私の、俗流のヘーゲル解釈による図式
   b オリジナル テーゼ      自分の曲
   a 編曲     アンティ・テーゼ 他人の曲
   c 変奏曲    ジン・テーゼ   自己と他者の和解の結果としての発展
からの発想でしたが、それは学問をもてあそぶには面白いけれども、あまり有意義とはいえないので

   a 編曲     人から学ぶこと
   c 変奏曲    それを咀嚼発展させること
   b オリジナル 自分の独自性を確立すること
と解釈すれば、人・歴史の成長・進歩を表現しているようで大変に有意義だと思いませんか。
 そんなことを考えていたので、このプログラムは色々な参照で溢れ返っています。UはTの影響を受け、VはUから多くを学びという風に、丁度、尻取り遊びのような、時系列的プログラムを考えましたが、最後のモーツァルトが最初のソルへ作用することによってプログラムの大きな構造を閉じることにしました。
 このプログラムは生真面目な音楽史ではなく、それ自体カリカチュアー(戯画)ですので、随所に遊びの要素が入れてあります。この日は、最初のセクションでソルの月光を弾き、途中でベートーヴェンの月光の楽章をバラバラにして弾き、アンコールにドビュッシーの「月の光」を弾いたのですが、月光のなにやら物狂おしさを孕んだ静寂な情念(ノクターナルの世界)も、私が美的な意味合いで表現したいものの一つでした。そうして、月の近くではキラキラとがまたたいています。

 バリオスラグリマを主題にして変奏曲を作っていたことなどは、ギターファンにとっては、大変、楽しいことではありませんか。バリオス編のアラビア風奇想曲とタルレガのオリジナルの弾き分けもしたかったのですが、弾き分けは「ラグリマ」と「盗賊の歌」だけにして、ここは、ベートーヴェンに席を譲ってもらいました。盗賊の歌のリョベートの原作と、デュアートのテーマのわずかな違いを、暗譜で、弾き分けるのにも、苦労しました。
 さらに、バリオスは、ベートーヴェンの月光の曲を「小さなミロンガ」というタイトルで編曲しています。私の趣味ではないので弾きませんでしたが、何ともユニークな感覚ではありませんか。ミロンガとはラテンアメリカのダンスミュージックのリズムで│タタタ│タタタ│タタ│というような感じだと思います。バリオスの譜面には特にアクセントの指定がある訳ではないので、普通に月光の曲として弾けるようになっています。しかし、あえてタイトルに触発されて、1小節が│タタタ│タタタ│タタタ│タタタ│という原曲のリズムを、ミロンガ的にひくと、│タタタタ│タタタタ│タタタタ│とでもなるのでしょうか。

  セゴヴィアとの関係が気になるところでは、私はこんなことを思っています。わが国のギター界が、半世紀以上もの長きに渡って、セゴヴィアの圧倒的な影響下にあった頃、諸外国ではもっと違った関係が有り得たのではないか。その中でもイギリスのブリームという自立的個性をもったギタリストと、ソル以降では初めて普遍的音楽語法を手中にしたウィリアムスというギタリストの存在が興味深く思われます。
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