プログラム 
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 3つのメキシコ民謡                    M.M.ポンセ(1882-1948)
   小鳥売りの娘
   わが心君故に
   ラ・ヴァレンシア―ナ
 12のエチュード                      H.ヴィラロボス(1887-1959) 
< 休 憩 >
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 エピターズ                         三善 晃(1933-)
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 2つの歌曲                         F.シューベルト(メルツ編)
   愛のたより
   セレナーデ
 幻想ソナタ Op78より                   F.シューベルト(1797-1828)


曲目解説                                        高橋 望

3つのメキシコ民謡
  20世紀に入るとギターのための作曲は、ギタリスト自身の手から、非ギタリストの専門的作曲家の手へと広げられた。専門的作曲家であるポンセは協奏曲、ソナタ、変奏曲といったシリアスなギターのオリジナル作品も多数作曲したが、ピアノ曲を自らギター用に改作したこの<3つのメキシコ民謡>、故国のメロディーに基づいた、美しい曲調がたいそう親しまれている。心浮き立つ前奏が如何にもコンサートの幕開けにふさわしい<小鳥売りの娘>、細かい節回しがひたすらにロマンティックな<わが心君故に>、そして溢れる軽妙さの中に一抹の哀愁を漂わせた<ラ・ヴァレンシア―ナ>はメキシコ革命の時に愛唱された。

12の練習曲
  20世紀最大のギタリストA.セゴヴィアと、自らもギターを弾く豪胆な人物であったヴィラ=ロボスの関係はいささか複雑である。1942年の二人の初めての出会い…、セゴヴィアの”ギターは右手の小指は使わないものですよ”との指摘に”ほう、じゃあそんなものは切っておしまいなさい”と言葉を返し、他人の楽器を取って掻き毟るようにギターの腕を披露するヴィラ=ロボスに、若きギターの巨匠は閉口させられた。しかし、その荒い演奏の中に、作曲家としての偉大な才能とギターへの愛情を聴き取ったセゴヴィアは、、後日この5歳年上の作曲科を訪ね、作曲を依頼する。”セゴヴィアが練習曲を1曲書いてくれと言ってきたので12曲書いてやったよ”。しかし豪胆なヴィラ=ロボスの書法は、流儀に合わなかったのか、<12の練習曲>出版の序文に賛辞を寄せつつも、セゴヴィア自身はそのうち3曲しか録音していない。曲集の全曲演奏が定着したのは、ヴィラ=ロボス生誕100年にあたる1987年頃からのことである。
第 1番:一貫した右手指のコンビネーションによる急速なアルペジオが、1知人の風のように過ぎ去っていく
第 2番:激しく上下するパッセージは、左も右も厄介な難曲。
第 3番:前曲同様スラーを伴うパッセージが連なる。毎小節、1拍目に和音が置かれ、やはり左手には何技巧を要求する。
第 4番:絶え間なく続く和音の波、大胆な和音の変化が野性的で雄大な雄大な曲想を繰り広げる。
第 5番:オスティナ―トの音型に対峙して、神秘的ないし呪術的なメロディーが歌われる。
第 6番:和音の連続に寄るが<第4番>の深い響きとは対照的に、エネルギッシュな運動性を持つ。
第 7番:急速な下降音階や、アルペジョで彩られた旋律、トリルの連続が次々現れる。変幻自在なカプリチオ風の曲。
第 8番:低音で呟くような前奏から始まる。しかし、それに続けて、ギターの最も美しい音域の旋律が、まるで夢見るように奏でられる。
第 9番:単純な8分音符の応答が反復され、深遠に分け入るような不思議さを醸す。後半は美しい装飾音型に変化し、再び連綿と繰り返される。
第10番:拍子変化を伴って激しく和音が打ち鳴らされる。一転、中間部は難度の高いスラーの連続となり、、最初の曲想が戻ると高揚しながら激しく終わる。
第11番:低音弦の歌が、やがて激しい和音の連打へと転じ、、奔流のようなアルペジヨの大きなうねりへと至る。
第12番:急速に指板を上下する和音のグリッサンド。そこに飛び込んでくる和音のパッセージ…激しい掻き鳴らしが全曲を締めくくる。

エピターズ
  日本を代表する作曲家、三善晃は、桐朋学園大学長や東京国際ギターコンクールの審査員長を長く勤めたことでも記憶される。<ギターのためのエピターズ>は1986年に亡く48歳でなったギタリスト芳志戸幹夫の委嘱によって書かれた。「ころんだ子供が鳴き声を上げる寸前、一瞬息を詰めるでしょう―そのような瞬間を僕は音楽の中に表現していきたい」。そして三善は芳志戸の「内省的だが内へ向かっていく熱」「その姿を思い浮かべながら書いていくと、自然に曲が書けた」という。二人のコメントは、闇の深淵のからなにかを訴えかけて来るようなこの作品を鑑賞する上で一つの参考にならないだろうか。三善のギター作品全4曲は芳志戸の演奏によって1枚のCDにまとめられている。

セレナーデ、愛の便り、ソナタ第18番<幻想>より第3・第4楽章
  18・19世紀の所謂<歴史的大作曲家の音楽>をギターで演奏したいと願い、レパートリーに迎え入れた先駆はF.タレガに代表されるが、それ以前にシューベルトの歌曲をギター用に編曲していたのが19世紀のギタリストJ.K.メルツで、ここではその中から<セレナーデ><愛の便り>(いずれも歌曲集「白鳥の歌」より)の2曲が演奏される。そしてタレガやメルツはもとより、現代において他のギタリストも試みない”大がかりなピアノ作品のギター演奏”という壮大な作業に取り組んでいるのが、当夜の演奏者石村洋である。このソナタ第18番<幻想>は、第3楽章<メヌエット>のタレガによる編曲が知られていたが、石村は更にそれを発展させ、全楽章の編曲演奏を構想、本日ここに第3・第4楽章が発表される。石村は第3楽章の定本としてドイツのギタリスト、リースケによる編曲を選び、中間部では高音域の不足を補うためにハーモニクスを用いるなどの改変を行っている。第4楽章<アレグレット>では途中の転調に対応すべく、D=A♭、E=E♭という珍しい調弦がとられた。もとよりピアノの機能を完全にギターに負わせることは不可能である。しかし、デリケートな美しさではピアノをしのぐギターの弦上に大作曲家の魂を共鳴させることを願う石村の思いは、昨年発表されたシューマン、モーツァルト、ショパンのピアノ作品をギター1本で演奏したCDにも結実している。おそらく本日のシューベルトも感動的な演奏を聴かせてくれるであろう。

 
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