曲目解説 高橋 望
■マテオ・カルカッシ:ルソーの「むすんでひらいて」による変奏曲
カルカッシはフィレンツェに生まれ、19世紀パリを中心に活躍したギタリスト。(ギター教本Op59)(24の練習曲Op60)こそよく知られるが、同時代の同時代の代表格、14歳年長のソルなどと比べると作品の知名度差はあまりに大きい。しかし序奏と9つの変奏からなるこの曲には、当時、流行オペラに基づく幻想曲に喝采を博したという、カルカッシの輝かしい才能がうかがえる。フランスの思想家ルソーの作と伝えられてきた原作はハッキリ特定されていないようだが、日本では小学唱歌として知られ、演奏者・石村は親しみを込めてそちらをタイトルにした。
■細川俊夫:セレナーデ
6単弦ギター初期のレパートリーであるカルカッシに対し、こちらは2004年フィンランドのギターコンクールの課題曲として作曲されたプログラム中最も新しい作品。2章からなり<月光のもとで>音程を揺さぶる邦楽器的扱いや、激高し反復するパッセージに「月」の幻想や狂おしさが印象付けられる。続く<夢路>は瞑想的な和音とメロディーの断片が、初めも終わりもない永遠の歩みのごとく通り過ぎてい行く。作曲者は1955年生まれ、ベルリンフィル創立100年記念作曲コンクール1位、現代作曲セミナーの開催等で国際的に評価され、西欧前衛音楽の手法の中に、東洋思想や日本的美学を表した作風を持つ。
■武満 徹:フォリオス
20世紀を代表するこの作曲家が若かりし頃、NHKドラマの音楽にギター曲を書いたところ、その作曲料は夫人の写譜代より安かった。「あなたはギターを使ったからです。ギターは軽い楽器ですから作曲料は半分です」…以来、武満は何としてもギターのためにいい作品を書きたいと思ったという。1974年荘村清志の委嘱により誕生した<フォリオス>は、武満初の本格的ギタソロ作品曲となり、以後、協奏曲にまで及ぶ数々のギター作品が生み出されていく。表題の無い3つの小品からなるが、フォリオスの語源がフラン語の「木の葉」にあることから、そこに散り行く生命や時間への惜別を読み取ろうとする人もいる。
■アンヘル・バリオス:2つの小品
ギターが大いに普及したカルカッシの時代、そして著名作曲家がギターのためにすぐれた作品を書くようになった現代。その両時代に挟まれた19世紀後半からのいっとき、音量のないギターはクラシック音楽の舞台で忘れ去られるが、その間もスペインではフラメンコや民族舞踊の伴奏と結びついて愛されつ続けた。グラナダでギター演奏・教育・作曲に活躍したバリオスは、同名のパラグァイのギタリスト「アグスティン・バリオス」ほど有名ではないが、フラメンコタッチのギター曲の数々を残し、そのローカルな魅力は捨てがたい。40曲余りが知られる中、ここでは<グラナダの花><シギリージャスを踊るジプシー>が選ばれた。
■ホアキン・ロドリーゴ:3つのスペイン風小品
1987年、94歳で亡くなった巨匠セゴヴィアは、ピアノや管弦楽曲を手掛ける作曲家たちにギター曲を依頼。ギターはそれまで持ちえなかった高度な作品によって、20世紀初頭から今日に至る目覚ましい復興と発展を遂げる。ロドリーゴがセゴヴィアに献呈した<ある貴紳のための幻想曲>とこの<3つのスペイン風小品>は、やはり代表作<アランフェス協奏曲><祈祷と踊り>と並び、今日ギター協奏曲、独奏曲の最も強力なレパートリーに数えられる。技巧的な見せ場をも備えた快活な舞曲<ファンダンゴ><サパテアード>。その間に置かれた<パッサカリア>は最もポリフォニックな構造を持つ
■福士則夫:夜は柴紺色に明けて
1992年草津音楽祭の委嘱で書かれたこの作品は、作曲者によれば「自ら歩いた想い出と、自然への畏怖や憧憬に寄せる8つの部分からなる<山>への賛歌」だという。書く部分には、木々の隙間を抜ける風のように〜魔の棲む森へ〜湖に星たちは落ちて〜深く重く霧は川面を覆い…といった表題が添えられているが、もちろん単純な風景描写ではなく、たゆたう無調的な旋律と不確定なリズムによって、刻々と変幻する自然が発する「気」や、そこに溶け込んだ無数の色調を表しているかのようである。作曲者は1945年生まれ、日本音楽コンクール、芸術祭優秀賞等を受賞。パリ国立音楽院ではメシアンにも師事した。
■ニキタ・コシュキン:ソナタ
現代ロシアのギター作曲家コシュキンは<組曲・王子のおもちゃ><アッシャーワルツ>など幻想的でウィットに富んだストーリー描写に人気があるが、この1982年作の<ソナタ>はそれと路線を異にし、同国の大作曲家ショスタコーヴィッチを思わせる辛口かつハードな大作である。<行進曲風に>は点描的な8分音符と、応答を交わすような16分音符の2つのモチーフが複雑かつ攻撃的に展開され、厳かに始まる循環形式の<アンダンテ>も変奏を重ねるに従い両楽器が激しく対峙する。<アレグロ>でフルートが咆哮し、ギターは全弦を叩き付けるように強奏。半ばでやや落ち着きを取り戻した後、再び終幕へと疾駆する。
■ヨハン・セバスチャン・バッハ
今夜のリサイタルの締めくくりは、プログラム中唯一の編曲作品で、新バッハ全集で挙げられた6曲のフルートソナタから、最も規模の大きいBWV1030のチェンバロパートをギターに移したものである。ギターは3つの楽章を通じて、和声とリズムの下支えにとどまらず、対旋律も受け持ちながらフルートとの格調高い二重奏ソナタを構築する。2003年のCDにひとつの結実を見たように、「石村は歴史上の大作曲家」の鍵盤作品をギターで演奏することに意欲を燃やすが、アンサンブルの分野でも、過去ベートーヴェンやシューベルトの作品を披露しており、ここにまた新たなレパートリーを加えたことになる。
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