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プログラム |
1. ピアノ・ソナタ イ長調 K331「トルコ行進曲」付き W.A.モーツァルト |
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第一楽章 主題と6つの変奏
第二楽章 メヌエット
第三楽章 トルコ行進曲
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2. ピアノ・ソナタ イ長調 Op.120(D664) F.シューベルト
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第一楽章 アレグロ モデラート
第二楽章 アンダンテ
第三楽章 アレグロ
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3.アラベスクW 野平一郎 |
4.無伴奏ヴァイオリン・パルティータ ニ短調 第2番 BWV1004
J.S.バッハ(石村 編) |
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アルマンド/クーラント/サラバンド/ジーグ/シャコンヌ |
曲目解説 高橋 望
■ピアノソナタ 第11番イ長調 K.311
(ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト 1756−1791)
今日クラシック音楽において、もっとも多くの人に親しまれている作曲家はモーツァルトだろう。バッハの宗教性や、ベートーヴェンの苦悩との戦いに少々近寄り難いものを感じる人がいても、ひたすら優美にして軽やかに流れるモーツァルトの音楽を美しいと感じない人はまずいないと思われるからである。その思いはギタリストにとっても同様だが、ギターのために作曲しなかったモーツァルトの音楽をギターの弦上に響かせたいと願っても、その難しさゆえにモーツァルトをレパートリーに持てるギタリストは決して多くない。もちろん当夜の演奏者・石村
洋はその数少ない一人であり、この曲の他にもこれまでK.265の〈きらきら星変奏曲〉やK.545のソナタなどを発表している。モーツァルトのピアノソナタ中、もっともよく知られた〈第11番〉は、W.カネンガイザーによる編曲・録音があるものの、ギターでの全曲演奏に接する機会は稀で、やはりこれも石村ならではのレパートリーの一つと言えるだろう。第一楽章:エレガントにはずむ主題と6つの変奏からなり、最後は快速のアレグロが鮮やかに締めくくる。第二楽章:トリオ(中間部)を持つメヌエットで、上品さの中に、なぜか憂いともどかしい表情を潜ませる。第三楽章:トルコ趣味を香らせるエキゾチックなメロディーと疾駆する軽快なリズムにより、誰知らぬもののない名曲である。
■ピアノ・ソナタ第13番イ長調D.664
(フランツ・ペーター・シューベルト1797−1828)
先のモーツァルトを始め、20世紀以前の大作曲家たちはギターのための音楽は作曲しなかった。その中でシューベルトがやや例外的な存在なのは、彼がギターを愛奏したと伝えられ、実際にその楽器が博物館に現存するからなのだが、つつましい合唱曲と室内楽の伴奏に僅かに用いられた以外、この天才の筆致が本格的にギターに向けられることはなかった。それゆえに、ギタリストたちがシューベルトへの愛情をこめて行なったギター編曲は少なくない。この〈ソナタ第13番〉の編曲も出版譜ながら、やはりピアノソナタの全楽章演奏となると別格で、石村
洋以外に演奏した例を聞かない。従来のギター音楽に満足することなく、ひたすら大作曲家の音楽の精神世界とギターとの融合を求め続ける石村独自のレパートリーである。このソナタは、シューベルトがピアノソナタというジャンルの創造に行き詰まっていた頃の作品で、当時の他のソナタ3曲がいずれも未完スケッチに終わる中、繊細な慰めとロマンチックな憧れを素直に綴ったこのソナタのみが完成をみたのである。第一楽章:冒頭、付点音符の歌い出しに示されるデリケートな雰囲気が全体を支配する。第二楽章:和音で奏される緩やかな歌が、豊かな感情の起伏をともなってこまやかに展開されていく。第三楽章:跳躍し躍動するパッセージに喜びが溢れるが、これをギターで演奏するのは至難である。
■アラベスクW (野平一郎 1953− )
1953年生まれの野平一郎は、各方面からの作品委嘱により現代音楽作曲家として、またベートーヴェンのピアノソナタ全集の録音などピアニストとして、さらにバッハの平均律クラヴィーア曲集全曲録音では、数種類の鍵盤楽器にコンピュータも駆使し、作曲家・演奏家の両面に才能を発揮している。ちなみに本日この後演奏されるバッハのシャコンヌを基にした、4台のヴィオラのための〈トランスフォルマンU〉という作品も発表されている。ギター関連は、ギター室内楽オペラ〈悲歌集〉、エレキギターと管弦楽のための〈炎の弦〉、ギター独奏、二重奏、アレンジ作品などかなりに及ぶ。〈アラベスクW〉は高度な作曲技法により設計された、彼のクラシックギター作品ではもっとも本格的なもの。短いさまざまな音符が点を描写するようにちりばめられ、次第に密集度や細かい刻みを加えながら、モザイクのような幾何学模様を形成する。終盤は、弦の掻き鳴らし、上昇するパッセージ、オスティナート(同音形の反復)によって運動性が強調されるが、最後は弦を擦る微かな音をともないつつ、余韻の彼方へと消えていく。楽譜は出版されているが、初演者・福田進一の再演の他に演奏例は少なく、これまで数々の現代ギターオリジナル曲を手掛けてきた石村
洋をして、相当な難曲といわしめる作品だけに、当夜の発表は貴重にして、演奏への期待が膨らむ。
■無伴奏ヴァィオリンパルティータ第2番ニ短調BWV.1004
(ヨハン・セバスティアン・バッハ 1685−1750)
終楽章に〈シャコンヌ〉を持つこの組曲は、すべてのヴァイオリン奏者、そしてこれを編曲してレパートリーとしてきたすべてのギタリストにとって、あまりにも重要な作品である。通常、威厳を持って弾き起こされる8小節のテーマが切れ目なく31回変奏される、とのイメージが定着するこの〈シャコンヌ〉について、石村は(意訳させてもらうと)次のように述べている。「冒頭8小節のメロディーが主題なのではなく、その根底を支えるレ・ド・シ・ラを中心とする4小節の低音進行こそがこの曲の真の主題であり、その執拗な反復が生み出すリズム感覚を捉えることがこの曲の演奏・鑑賞には必要である」「それなくして、この偉大な作品のメロディーやパッセージを“個人の歌う力”に頼って表現・解釈しようとするのは間違いではなかろうか」と。このように書くと、何か分析的で醒めた感覚のように受け取られるかもしれないが、いくたのロマン派大作曲家の作品に情熱的なアプローチを行なってきた石村の演奏が、無味乾燥なものに終わるはずもなく、当夜は既成の演奏とは違う、理性と精神性の両方を携えた石村ならではの〈シャコンヌ〉演奏が期待される。組曲全体は4つの古典舞曲からなり、導入部的な〈アルマンド〉に続き〈クーラント〉〈サラバンド〉〈ジーグ〉が急・緩・急の構成を形作った後、256小節に及ぶ〈シャコンヌ〉が開始される。 |
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