現代ギター2011 11月号 「ヴィラロボスの5拍子感覚について」

Tさんへの手紙 


プログラム 



       作曲:エイトル・ヴィラ=ロボス   (1887年 3月5日 リオ・デ・ジャネイロ生
          Heitor Villa-Lobos     1959年11月7日 リオ・デ・ジャネイロ没)

 5つの前奏曲 Cinq Preludes

   第1番 ホ短調 Prelude. No.1, en mi mineur
   第2番 ホ長調 Prelude. No.2, en mi majeur
   第3番 イ短調 Prelude. No.3, en la mineur
   第4番 ホ短調 Prelude. No.4, en mi mineur
   第5番 ニ長調 Prelude. No.5, en re majeur
 

 ブラジル民謡小曲集 Suite populaire bresilienne

   マズルカ=ショーロ    Mazurka-Choro
   ショティッシュ=ショーロ Schottish-Choro
   ヴァルサ=ショーロ    Valsa-Choro
   ヴォット=ショーロ    Gavotta-Choro
   ショリーニョ         Chorinho

            第2部

 12の練習曲 DOUZE ETUDES POUR GUITARE

   第1番/第2番/第3番/第4番
   第5番/第6番/第7番/第8番
   第9番/第10番/第11番/第12番

 ショーロス第1番 ホ短調  Choros No. 1


曲目解説                                        高橋 望

■ギターが弾けなければ思いつかない発想を、ギターという楽器を超えたスケールで
 表現した大作曲家


 ブラジルの大作曲家ヴィラ=ロボスは、交響管弦楽、バレエ、室内楽、ピアノなどの創作を本領としながら“ギターも弾ける”作曲家として、この楽器の特性を生かした独創的な作品を書きつづけた。オーケストラ作品も書いたギター作曲家には、ソルとブローウェルが挙げられるが、その質量と認知度においてヴィラ=ロボスには及ばない。ギターが弾けなければ思いつかない発想を、ギターという楽器を超えたスケールで表現した大作曲家、という意味でヴィラ=ロボスは特別な存在と言えるのではないだろうか。
本日、石村 洋が演奏するのはヴィラ=ロボスのギター独奏曲のほぼすべてにあたり、一夜にこれだけまとまった作品を聴く機会は貴重なものである。ギターのレパートリーがギタリスト作曲家の作品に回帰(?)しつつある昨今。当夜、石村 洋のリサイタルは“ギター作曲家とオーケストラ作曲家の両面を備えた”ヴィラ=ロボスの独創的な音楽の素晴らしさを伝えると同時に、今後のギターのレパートリーの在り方についても考えさせてくれると思う。
(なお、石村 洋は現代ギター11月号に「ヴィラ=ロボスの5拍子感覚について」という小論を寄稿している)


■5つの前奏曲

 〈ブラジル民謡小曲集〉より複雑だが〈12の練習曲〉ほどに技巧的でないことから、ヴィラ=ロボスのギター作品中最もよく演奏される。1940年の作曲で、〈第6番〉の存在は昔から伝えられるが、残念ながらその行方は未だ不明である。

1:“叙情のメロディー”の副題を持つが、端々にヴィラ=ロボスらしい野趣がこもる。
    チェロを愛奏したヴィラ=ロボスらしく低音弦の旋律が効果的に使われている。

第2番:“伊達男たちのメロディー”小粋な歌い回しの後、中間部のアルペジョの嵐は、
    もう一つの副題“カポエラ(ブラジルの足技格闘技)”の激しい動きを思わせる。


第3番:“バッハへの讃歌”幻想的な曲調はヴィラ=ロボスの代表作“ブラジル風バッハ”
      に通じる。中ほどに現れる半音階の下降にバッハの模倣が聴こえる。

第4番:“インディオへの讃歌”ブラジル先住民族に捧げる神秘の歌。中間に速いアルペジ
    を挟んだ形式は〈第2番〉と同じだが、曲想はまったく対照的。


第5番:“社交界への讃歌”やはり長調の〈第2番〉が民衆との交わりから産まれたのに対し、    こちらはヴィラ=ロボスの社交界での活躍をうかがわせる洗練されたワルツ。


■ブラジル民謡小曲集
 ブラジルの民衆音楽“ショーロ”(chorar=むせび泣く、に由来)に聴くような美しい旋律を、ヨーロッパの代表的なリズムに乗せた曲集。1908年から20年頃にかけて作曲されたヴィラ=ロボス初期のギター曲である。当初、曲集に含まれていたもう一曲の〈ヴァルサショーロ〉、またこの曲集以前に書かれた〈演奏会用ワルツ第2番〉(1904年)が近年、一部の奏者によって発掘・演奏されている。

マズルカショーロ:ポーランド舞曲に寄せるロマンティックなメロディー。

ショティッシュショーロ:スコットランド風舞曲。軽やかで明るく洒落た味わい。

ヴァルサショーロ:緩やかなブラジルのワルツ。物憂げな郷愁をたたえた曲調。

ガヴォットショーロ:フランス起源の古典舞曲。落ち着いた足取りと気品あるいでたち。

ショリーニョ:この曲のみ作曲年をやや隔てた、純ブラジル産の“可愛らしいショーロ”。


12の練習曲

“セゴビアが練習曲を1曲書いてくれと頼んできたので、12曲書いてやったよ”とはヴィラ=ロボスの弁。独創的なアイディアをふんだんに盛り込んだ全曲がしばしば演奏されるようになるのは、ヴィラ=ロボス生誕100年の1987年頃からだろうか。1953年の出版だが、近年は一部の奏者により1928年の初稿譜による演奏も行われている。

第1番:一貫した右指パターンの急速なアルペジョ。一陣の風のように過ぎ去っていく。

第2番:激しく上下降するパッセージの連続は、右・左手ともに厄介な難曲。

第3番:前曲同様、難技巧の連続。拍頭に和音が置かれ、頻繁な左手スラーを伴う。

第4番:絶え間なく続く和音の波、大胆な和声変化が野性的で雄大な曲想を繰り広げる。

第5番:オスティナート音形の上に、神秘的ないし呪術的なメロディーが歌われる。

第6番:〈第4番〉同様和音の連続だが、楽想は対照的で、活発な運動性を持つ。

第7番:急速な下降音階、アルペジョ、トリルなどが次々現れるカプリチォ風の曲。

第8番:呟くような前奏の後、舞曲風の旋律が現れ、終始ほの暗い雰囲気が支配する。

第9番:単純な8分音符の応答が深遠に分け入るような不思議さを醸す。後半は美しい
    装
色音形の変奏が連綿と繰り返される。

10:拍子の変化をともなって激しく和音が打ち鳴らされる。一転、中間部は難度の高
     スラーの連続となり、最初の曲想が戻ると高揚しながら激しく終わる。

11:低音弦の歌が、やがて激しい和音の連打へと転じ、奔流のようなアルペジョの大きな     うねりへと至る。

12:急速に指板を上下する和音のグリッサンド、そこに飛び込んでくる高笑いのよう
     パッセージ…激しい掻き鳴らしが全曲を締めくくる。



ショーロス第1番


 ブラジルの民衆音楽ショーロを芸術的に昇華させた〈ショーロス〉(第1番〜第14番)は、ヴィラ=ロボスの代表作で、ギター独奏から合唱付きオーケストラに至るさまざまな編成で書かれている。その冒頭を飾るのが、1920年作曲、エネルギッシュなリズムと豪放な旋律を持つ〈ショーロス第1番〉である。この連作には14曲の他に〈ショーロスへの序奏〉というギターとオーケストラによる作品があり、曲の最後が〈ショーロス第1番〉へ繋がるようになっている。こんなところにもヴィラ=ロボスの、ギターという楽器への特別な思い入れがうかがえる。
 
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