プ ロ グ ラ ム
第1部

 モーツァルトの「魔笛」の主題による変奏曲 F.ソル

 きらきら星変奏曲 K.265             W.A. モーツァル

 ソナタハ長調 K.545                W.A. モーツァルト
   第1楽章アレグロ
   第2楽章アンダンテ
   第3楽章アレグレット
        2ndギター:磯野鉄雄(グリーグによる2台のピアノ版)

第2部
  
 ソナタ第14番 Op.27-2「月光」         LV.V.ベートーヴェン
   第1楽章アダージォ・ソステヌート
   第2楽章アレグレット
   第3楽章プレスト・アジタート

 ヴァイオリン・ソナタ第5番「春」Op.24      LV.V.ベートーヴェン
   第1楽章アレグロ
   第2楽章アダージォ・モルト・エスプレッシーヴォ
   第3楽章スケルツォ,アレグロ・モルト 第4楽章ロンド,アレグロ・マ・ノン・トロッポ
        ヴァイオリン:小松美穂
 
曲目解説 高橋望
 

西洋クラシック音楽の最高峰にそびえる、モーツァルトとベートーヴェンの作品を集めたギターリサイタル…そんな一夜を催せるギタリストが、世界を見渡しても石村 洋の他にいるだろうか。モーツァルトをギターで演奏した例はいくつかあるが、〈きらきら星変奏曲〉、グリーグ編〈ソナタK.545〉は、石村だけのレパートリーである。ベートーヴェンをギターで演奏しようとの試みはさらに少なく、大規模ソナタの全楽章演奏となると、これはもうギタリストの発想の枠外にある。〈月光〉〈春〉のギター版も、今のところ石村の演奏でしか聴くことができない。しかし、これらピアノ曲がどこまでギターで表現できるかという点だけに興味を捉われてはならない。モーツァルトとベートーヴェンの天才を、自らの楽器ギターの弦上に響かせたいとのやむにやまれぬ思い、二人の大作曲家とギターへ寄せる深い愛情、それこそを我々は、石村の演奏から聴くべきと思うのである。

 

■モーツァルトの〈魔笛〉の主題による変奏曲

リサイタル冒頭、大作曲家への敬意を示すように、モーツァルト、ベートーヴェンと同時代のギタリスト、ソルの代表作が演奏される。荘重な序奏に続く主題は、オペラ〈魔笛〉第一幕終わり近くで、奴隷頭モノスタトスが鈴の音に浮かれて歌う〈これはなんと素晴らしい響き〉からとられている。原曲はかなり地味な音楽で、ソルの明快な主題は、開幕後ほどなく歌われる有名なパパゲーノのアリア〈おいらは鳥刺し〉の雰囲気にむしろ近い。ソルが施した装飾音も、パパゲーノが吹く軽妙なパンフルートを思わせる。技巧的なスラーを連ねた第1変奏、詠嘆な短調の第2変奏、滑らかな流れが心地よい第3変奏、細かい音形が掛け合う第4変奏、急速な3連符に終始する第5変奏のあと、アルペジョに彩られたコーダーが続き、2回の上昇音階が全曲を締めくくる。ソルは他に〈魔笛〉からの旋律を用いて6曲からなる小品集Op.19も創作し、モーツァルトへの敬愛を表している。

 

■きらきら星変奏曲 K.265

モーツァルトが1781年頃、ウイーンで作曲したと言われるピアノ独奏曲だが、主題となったシャンソン〈ああ、わたしママに言うわ〉は、1778年の3度目のパリ旅行中、耳にしたものと考えられる。後世、童謡〈きらきら星(Twinkle, twinkle, little star)〉として親しまれる旋律は、もともとは少女が初恋を母親に打ち明ける恋の歌。12の変奏からなり、途中一度だけ短調に転じ、対位的な音形の変奏がいくつか挟まれるが、概ね他は、愛らしい主題の雰囲気はそのままに、周囲を装飾的なパッセージが、次第に技巧的な多様さを増しながら彩りを加えていく。もともと教育目的に作曲された作品であり、無邪気なタイトルとシンプルな主題からは平明な印象を受けるが、それとは裏腹に、ギターは技巧的にかなりの加重を負わされる。石村 洋はこの曲の録音を2003年に発表しており、これはギター編曲による世界初録音と思われる。

 

■ピアノソナタハ長調 K.545

劇音楽〈ペールギュント〉などで名高いノルウェーの大作曲家グリーグが、モーツァルトの音符はそのままに、第2ピアノパートを追加したもの。編曲といっても、楽器編成の移し替えではなく、事実上の新たな創作である。その目的は教育的なものとも、当時の聴衆の音楽嗜好を反映したものとも伝えられるが、優れたピアニストでもあったグリーグが、自身の作曲とピアノ演奏の才をもってモーツァルトの音楽と共演したかったという思いも強く感じられる。石村 洋は既に、このピアノ学習者に馴染みの小ソナタをギター独奏に編曲し発表していたが、今回2台ピアノ版を取り上げたのは、グリーグのモーツァルトへの敬愛に共感を覚えたものだろうか。エレガントな装いを施された第一楽章、緩やかなテンポだけに一層ロマンティックな雰囲気を身にまとう第二楽章。短い第三楽章は、原曲の純真な楽しさそのままに、モーツァルトとグリーグが戯れあうようにとおり過ぎて行く。

 

■ピアノソナタ第14番〈月光〉

瞑想的な第一楽章を、19世紀の詩人レルシュターブが湖面に映る月になぞらえたことから〈月光〉と呼ばれるようになったこのソナタは、当時のベートーヴェンの恋愛事情とも絡め、とかくロマンティックに語られることが多い。〈ソナタ〉は情景描写などによらない絶対音楽であるが、二つの深淵なドラマ(両端楽章)の間に咲く可憐な花と評される第二楽章は、つつましくも毅然とした一輪ざしの面持ちを帯び、長大な第三楽章は突き刺すような電光と激しい雷鳴のとどろきを思わせるなど、このソナタには豊かなファンタジーが溢れている。第一、第二楽章は過去いくつかのギター編曲があるものの、ギターにとってまったく演奏至難な終楽章を含む全楽章演奏に挑んだのは、石村 洋が初めてにして唯一のギタリストと思われる。このギター編曲は2007年に石村のリサイタルで発表されているが、それから5年を経て、当夜はさらに完成度と深みを増した演奏が期待される。

 

■ヴァイオリンソナタ第5番〈春〉

冒頭、春風のそよぎに揺れる野の花を思わせる、幸福感に満ちた旋律によって、ベートーヴェンのヴァイオリンソナタ中、もっとも親しまれる作品。旋律楽器とギターのアンサンブルは、役割がメロディーと伴奏に分業されてしまうことがほとんどだが、ここでのギターは優美な旋律や急速なパッセージを、ピアノに替わりヴァイオリンと対等に歌いあげなければならない。そして、第一楽章に挟まれる力強い劇性、第二楽章の穏やかな中にも凛として立つ孤高のたたずまい、第三楽章の諧謔を含んだ躍動感、第四楽章の感謝への喜びといった、ベートーヴェンの巨大な音楽にはギターの限界を超えた表現力が要求される。それでも石村 洋がこのソナタの全曲演奏に挑むのは、スピード・音量・和声楽器の機能では及ぶべくもないが、ピアノにはない音の温もりと繊細さを備えた楽器〈ギター〉への信頼があってこそ思われる。石村のリサイタルでは2001年の初演以来の再演となる。

 リサイタルに向けて
魔笛の主題による変奏曲
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